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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)252号 判決 1960年12月05日

判決

大阪市北浜二丁目三一番地

原告

古 川   浩

東京都中央区日本橋馬喰町四丁目一一番地

被告

吉田工業株式会社

右代表者代表取締役

吉 田 忠 雄

右訴訟代理人弁護士

鍜 治 良 道

定 塚 道 雄

定 塚   脩

右訴訟復代理人

石 川   滋

右当事者間の昭和三五年(ワ)第二五二号株主総会決議無効確認請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告は、「昭和三四年一一月一一日被告会社の臨時株主総会でした別紙記載の決議は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告会社の三株(一株の額面一万円)の株主である。

二、被告会社は昭和三四年一一月一一日臨時株主総会を招集しその総会において別紙記載の決議をした。

三、右の決議は法令に違反するから無効である。

(1)別紙記載一の決議は、被告会社の役員及び従業員に新株引受権を与えている。しかし、役員の全部及び従業員の大多数は被告会社の株主である。従つて被告会社の株主の一部である役員及び従業員である株主にのみ新株引受権を与えることは株主平等の原則に違反する。その理由は、新株引受権を与えられる者が株主であつても株主以外の第三者として新株引受権を与えられる場合は第三者の新株引受権として株主総会の特別決議を経て有効に新株引受権を与えられるとする見解があるが、これは誤りであつて、新株引受権を与えられる者がいやしくも株主であれば、すべて株主に新株引受権を与えられる場合であつて株主平等の原則に従わなければならない。

(2)別紙記載一の決議をなす場合新株引受権を与えることを必要とする理由を開示することを要するが、本件株主総会においては従業員、役員の功労に報いるためであると説明しただけでその功労の具体的内容、この功労に報いるに新株引受権を与えることの妥当性を首肯させるに足りる事情を開示しなかつたから、右の説明では新株引受権を与えることを必要とする理由の開示にはならない。従つて右決議は違法である。

(3)別紙記載二の決議は取締役及び監査役の報酬を一括して定め、一ケ月金五〇〇万円以内と定めている。これは違法である。監査役は会計、業務、財産を調査し、取締役に会計報告を求め株主総会に意見を報告することを職務とする独立の機関である。従つて取締役又は取締役会は監査役の職執行を制圧することは許されない。本決議のように報酬を取締役と監査役とを一括して定め、又は金五〇〇万円以下と定めることは、取締役会において監査役の報酬を自由に増減することを許し、監査役が良心に従つてその職務執行をすることを制圧することになり、監査役制度の趣旨に違反するものである。

よつて別紙記載の決議はいずれも法令に違反し無効であるから、右決議の無効の確認を求めるため本訴に及んだ。

立証(省略)

第二  被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実のうち一、二を認め、三について、役員の全部及び従業員の大多数が被告会社の株主である点を認め、本件決議は法令に違反することを否認し、なお、別紙記載一の決議について従業員、役員に新株引受権を与えることを必要とする理由として新株引受権を与えることの妥当性を首肯するに十分な事情を開示したと述べた。

立証(省略)

理由

一、原告が被告会社の三株(一株の額面一万円)の株主であること、被告会社の役員全部及び従業員の大多数が被告会社の株主であること及び昭和三四年一一月一一日被告会社の臨時株主総会において別紙記載の決議をしたことは、当事者間に争いがない。そこで次に右の決議は原告の主張するように法令に違反し無効であるかどうかを判断するかどうかどうかを判断する。

二、別紙記載一の決議は株主平等の原則に反するかどうかを判断する。株主に新株引受権を与える場合には株主平等の原則に従わなければならないが、株主以外の第三者にこれを与える場合には株主平等の原則は問題にならない。原告は、本件決議はその全部が株主である役員及びその大多数が株主である従業員に新株引受権を与えており、従つて役員の全部、従業員の大多数が株主である以上株主に新株引受権を与えたことになるから、役員又は従業員でない株主に新株引受権を与えない本件決議は株主平等の原則に反すると主張するが、当事者間に成立の争いない乙第一、二号証によれば、本件決議は被告会社の役員及び従業員に対しその功労に報いるため、その勤務年数、過去の功労、貯蓄組に対する預金高等を勘案の上取締役会で公正に割り当てられる新株式の引受権を与えることを内容としていることが認められ、従つて本件決議は役員及び従業員に対しその功労に報いる必要があるために新株引受権を与えること及び引受権を与える株数は右の功労等を基準として定められることが明らかであるから、本件決議は役員及び従業員に対しそれらの者が株主であることに関係なく新株引受権を与える趣旨であると解するのが相当である。そして役員の全部及び従業員の大多数が株主であることは、右新株引受権の附与が商法第二八〇条の二第二項に規定する株主以外の者に新株引受権を与える場合に該当することの妨げとはならない。蓋し商法が株主以外の者に新株引受権を与えることを認めた趣旨は株式会社の経営上特定の者に新株引受権を与える必要があるためであつて、若し、この者が株主であることにより株主に新株引受権を与える場合に該当し全株主に平等にこれを与えなければならないとすると、商法の上記の趣旨は没却されるからである。もつともこの者が株主である場合には他の株主より有利になることは認められるが、しかし、現行法の下においては新株引受権は株主の当然の権利ではなく、本件の場合他の株主が不利を蒙むることは、商法が株主以外の者に新株引受権を認めた以上やむを得ないところであつて、現行法はこの点を考慮に入れ、第二〇八条の二第二項の規定を設けて株主の利益の保護と会社経営の必要性との調節を図つたのである。以上の理由により原告の主張を採用することはできない。

二、原告は別紙記載一の決議は、新株引受権を与えるに必要な理由についてその妥当性を首肯させるに足りる事情を開示しないでなされたから無効である旨主張する。しかし、商法第二八〇条の二第二項が新株引受権を与えることを必要とする理由の開示を規定したのは、株主総会において株主が決議をするに必要な資料を提出することを要求したにとどまり、株主総会において新株引受権を与えることを必要とする理由を判断するのである。従つて本件決議について原告主張のように右の理由の開示が不十分であるとしても、このことは決議の方法が法令に違反したかどうかの問題すなわち株主総会の決議取消の原因になるかどうかの問題であつて、本件決議が法律上不存在であると認むるに足りる瑕疵でもなく、又決議の内容が法令に違反するものでもない。従つて原告の主張は失当である。

四、別紙記載二の決議は取締役及び監査役の報酬を一括して定めている点及び金五〇〇万円以内と定めている点において違法であるかどうかを判断する。商法第二八〇条で準用する同第二六九条は取締役会において自由に高額な報酬を定め株主の利益を害することを防止するための規定である。しかし、この外原告の主張するように監査役の独立機関である地位を制圧することを防止する趣旨をも含むと解すべきであろうか。なる程監査役は会計監査の職務を有し取締役とは独立し良心に従つて監査すべき職責を有する。従つて商法は監査役の職務執行の公正を守るため第二七六条で取締役又は支配人その他の使用人との兼任を禁止している。しかし商法は右第二七六条のみを規定するにとどめ、他に監査役の職務の公正を担保するための規定をおいていない。このことは右規定による法的規整以外はすべて会社の自治に委していると解するのが相当である。従つて右第二七六条の準用はこの趣旨までも規定しているとは解されない。若し、又取締役会に限度額内において報酬の決定を委すことが監査役の職務の公正を妨げる虞がある場合には定款により又は株主総会の決議において適当な対策を講ずれば足りるのである。故に本件決議は商法第二六九条の規定の趣旨に反するものでなくその他法令に違反する点は認められないから、原告の主張を採用することはできない。

以上判示したとおり原告の主張はいずれも採用できないから、本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂吉

裁判官 上 野  宏

裁判官 中野辰二

〔別紙〕

一、昭和三四年九月二三日の取締役会において発行決議した有償新株式記名式額面普通株式三五、七〇〇株のうち、一、四〇〇株について被告会社の従業員、役員に新株引受権を与える。

申込期日までに引受のない株式があつた場合は、これを被告会社の従業員、役員に割当てる。

右新株式の発行価格は一株につき金一万円とする。

二、今年度から役員報酬限度額を一ケ月金五〇〇万円以内(使用人兼務役員の使用人給料相当額を除く。)と改訂する。

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